さよなら最終兵器①

チェックインを済ませ、ウイングの元へ向かう。『元気してますか』「お前毎日ラインしてるくせにその挨拶は何だよ」彼は笑っていたが、面白がっているのか、とりあえず口調を合わせているのかよく分からない。その雰囲気は全く人のいない平日のクラブに無駄に毎日通っていた当時と全く変わっていなかった。

 

生きるとは呼吸することではない。行動することだ。

ジャン=ジャック・ルソー


 

「じゃあ渋谷駅に25時頃で」

メッセージを送り、新幹線の喫煙室でタバコの煙を吐き出す。

 

話の発端は急な東京出張が決まった事だ。これまで心の片隅にずっと引っかかっていた『東京』への出張である。どちらかと言えば地域密着型のビジネスに取り組んでいる僕にとってそうそうある機会ではない。時間的、金銭的なコストを考えて日帰りにしようか悩んだが、この際である。人生で最も大切なものは時間だ。できることはできるうちにやっておこう。そう考えて休みをフルに使い、東京を満喫することにした。

 

自分の中で決めてしまえば話は早い。連絡する相手は決まっている。今はその東京で無駄に女を食い散らかしている、僕が最も信頼するウイングにラインを飛ばす。聞けば金曜日、土曜日と2日続けて予定を空けてくれるという。東京のクラブにでかい風穴を開けてやろうじゃないか、そんなことを考えながら当日を待つ僕のテンションは、普段よりも心なしか高かったように思う。

 

 

 

当日は仕事を片付け、予約してあった終電近い新幹線にギリギリで飛び乗った。今ではみどりの窓口に行かなくても、スマートEXで簡単に予約が取れる。多忙なビジネスマンのあなたにとっても、きっと役に立つであろう。

 

新大阪から品川駅までの約2時間半ほどは仮眠の時間に充てたかった。もう若くない身体とメンタルに鞭打ち、仕事終わりにクラブに行くのである。ここで寝ておかなければ次休めるのはいつになるかわからない。そんな思いとは裏腹(東京と言えばやはり裏原。vivaアンダーカバー)に、ウイングとのこれまでの思い出や東京のクラブへの期待が胸の中を駆け回り、僕は結局わずかな睡眠をとることも許されなかった。

 

東京メトロにも久しぶりに乗った。いかにもなハイスペック系の男性(これみよがしにラルディーニとかそれっぽい服を着ているいけすかない高身長さわやかイケメン系おっさんのこと)が美女の肩を抱いている。美女は僕よりも背が高い。どうせヒールだろうと思ったが彼女が履いていたのはスニーカーだった。くそ、東京の女は背まで高いのか。

 

 

 

チェックインを済ませ、ウイングの元へ向かう。『元気してますか』「お前毎日ラインしてるくせにその挨拶は何だよ」彼は笑っていたが、面白がっているのか、とりあえず口調を合わせているのかよく分からない。その雰囲気は全く人のいない平日のクラブに無駄に毎日通っていた当時と全く変わっていなかった。

 

 

 

初日の夜はTKに行くと決めていた。だらだらと渋谷の道を歩き、エントランスをくぐる。人はあまり多くなかったが、次第に増えてくるのだろう。どうしても小室哲哉だとか菊池武夫だとかをイメージするその名前を、僕はイマイチ好きになれなかったのだったが、入店してみると思いの外タケオキクチ感がなく少しホッとした。

 

大阪のクラブと比較すると、音楽のボリュームは小さく、ダンスフロアが狭い。逆にダンスフロア以外のスペースはかなりの余裕をもって作られていた。なるほど、これがSHIBUYAのSTYLEってわけですね。

 

 

 

ダンスミュージックやナンパをそっちのけて、近況やナンパ論について彼と語る。『自分勝手なナンパするやつとコンビを組んでいても意味ないしつまらんですわ。もうそういうやつとは組まないようにしてます。単にめんどくさいんで。東京でも結構いるんですよ、コンビでやってるのに行けそうなソロ案件いたらそっち行っちゃうやつ。ウイングのことすら大事にできないやつが女にモテるわけがないっすわ。そういうやつは大体ソロでナンパさせても下手だし、そもそも組みたいと思わないっすね』

 

正論である。特にクラブでthe gameの流れを汲むナンパスタイルを取り入れる場合、優秀なプレイヤーは常にチームである。過去にナンパクラスタではasapenとケチャという不世出の名コンビがいた。個々のプレイヤーとしては彼らよりも優れたスペックを持つ者も居るであろうが『チームとして再現性の高いルーティンを駆使し、それを発信する』とカテゴライズされた枠内においては僕の中では彼らが永遠のナンバーワンだ。

 

話をクラブに戻そう。今日は我々の他に「箱内ヒエラルキー」「2秒仕上げ」などのフレーズでお馴染みの某パカさんもこのタイミングでたまたま東京にいるらしく、用事が終わったら来てくれるらしい。彼がドヤ顔で女の子を仕上げていくのは腹立たしいが、久しぶりにそれを見られると思うとそれはそれで楽しみでもあった。

 

 

 

某パカさんを待つ間、何件かの女の子ペアをオープンしたりガンシカを受けたりして時を過ごす。今フロアにいるペアの中ではここが1番かな、という女の子達に声をかけるも軽くあしらわれる。相変わらずクラブでは(別にクラブの外でも変わらない)モテない。身長が後10cmくらい高かったら僕の人生ももっと変わっていたのかしら、と今になっても悔しく思う。

 

 

 

ナンパ云々はさておき、今回は久しぶりとなるウイングの彼との再開であった。普段はテキストでのやりとりが主で面と向かって対話することはないため、同じ空間、同じ時を過ごすこの時間は何者にも替え難く、その一瞬一瞬がとても心地よかった。

 

 

 

『某パカくん来ないっすねー』

「今日金曜やからタクシー全然捕まらんらしいで」

『まじっすか』

「そのまま凍え死ねばいいのに」

などと話していると、某パカさんからのラインが届いた。

 

パ『着いたで』

 

こちらも久しぶりとなる再会に胸を躍らせながら、我々もエントランス方向へと歩を進める。この後に起こる惨劇について、まだ我々は露ほども知る由がなかった。