サンタコスを求めて 〜シャチの恩返し〜 ②

彼の優しさに甘えてしまうことは、僕のナンパ師としてのプライドが許さなかった。特殊な事情も多少考慮されるかもしれないが、あくまで原則としてコンビナンパはコンビナンパである。コンビ案件に対して我々もコンビで正面から当たる。見ず知らずの他人のおこぼれに預かる、ドブさらいのような情けないソロナンパは絶対にしたくなかった。

 

I don't want a lot for Christmas There is just one thing I need

I don't care about the presents, underneath the Christmas tree

恋人たちのクリスマス Mariah Carey


 

一旦エントランスを抜ければ何も言い訳はできない。入り口付近はそれなりに賑わってはいたが、サンタコス候補となるような、大きな荷物を持った案件はそこには居なかった。今日に限ってはサンタコス以外の案件が幾ら居たところで我々にとっては全く意味を為さない。幾許かの期待はあったが、それよりも遥かに大きな不安に押し潰されそうだった。

 

エントランス付近では単独で男の連れ出しに応じるトナカイを目にする。「少し遅かったか」と若干の焦りを覚えるが、我々の目的はトナカイではない。ソロで連れ出す力量をもったプレイヤーと僕のニーズが合致しなかったことをありがたく思わなければいけない。

 

 

そんなことを考えていると早くも今回の標的であるサンタコスと目が合う。彼女はソロであった。店員かと思案を巡らせる、振る舞いからはそうでもなさそうである。3秒ルール、オープン。

 

『友達とはぐれちゃってー』

普段のクラブ内では不安や苛立ちを帯びた声色、不満げな表情などとワンセットでよく耳にする言葉であったが、彼女の口調からは特にそういった負の感情は感じられなかった。おそらく彼女の相方は先ほど目にしたトナカイであろう。その相方は既に連れ出されている。どうする。ウイングに目をやる。行ってこい、という仕草。食いつきは悪くない。この案件をキープできれば連れ出しまではある程度確約される。千載一遇のチャンスであった。ウイングの姿がやや遠くに見える。邪魔にならないような、なおかつ僕の動きを把握しやすい場所へと彼は身を移していた。逡巡、葛藤が生じる。

 

結果として僕はこの案件を放流した。今日の2人のトッププライオリティは僕がサンタコスを即ることだ。フロアの状況すら確認できていないこの時点では僕がこの案件を連れ出せば達成に向けての期待値は高い。しかし、このタイミングで彼の優しさに甘えてしまうことは、僕のナンパ師としてのプライドが許さなかった。特殊な事情も多少考慮されるかもしれないが、あくまで原則としてコンビナンパはコンビナンパである。コンビ案件に対して我々もコンビで正面から当たる。見ず知らずの他人のおこぼれに預かる、ドブさらいのような情けないソロナンパは絶対にしたくなかった。

 

 

フロアの中にはサンタコスのペアが2組。6と4、5と5。決して理想的な環境ではないが、最悪の事態は免れたことに少し胸を撫で下ろす。片方は男と和んでおり、もう片方はバーカウンターに並んでいる。「とりあえずどっちかだな」『今日は全部任せるよ』

 

フロアの確認を済ませた後は、精神状態を整えるべく隅に移動する。アルコールを手に、タバコの煙をふっと吐き出す。時計を確認し、ウイングにラインを飛ばす。

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準備に使える残り時間は15分程度。目を瞑り、音楽のリズムと自身の身体を重ねる。環境と自分自身を完璧に調和させる。

鏡に映った僕が語りかける。

「大丈夫、きっとできるはず」

 

フロアに戻るも残念ながらサンタコスが増えることはなかった。先ほど男に捕まっていた6と4、そしてバーカウンターにいた5と5のペア。有効なペアは2組であり、我々はそのどちらかを選択しなければならない。片方のペアと和んでいるところをもう片方のペアに見られるとこちらの魂胆が露呈する可能性も高い。人生とは、選択の連続である。慎重な判断が求められた。

 

 

近づく、3秒ルール、オープン。僕が選択したのは6と4のペアであった。それまでの振る舞いから6がおそらくヘッドであろうと判断し、僕が6を叩く。直後にウイングがフォローに入る。タイミング、ポジション、全てが完璧なフォローだった。途中案件の割り振りが正解かどうかの答え合わせも含め、担当の入れ替えや4人での和みを行うが、完全に前衛を任せられていた僕がヘッドを落とさないことには話が進まないと判断し、引き続き6の相手を務めることにした。IOI3を引き出し、箱内セパを試みる。ウイングも現段階での担当設定に異論はないようであった。

 

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セパレート後はやや雰囲気を落とし、6を個別で落としきることとした。普段使わないドリンクフックも試みる。プレイヤー側が主導権を握った状態でしっかりとした和みを形成できていれば、ドリンクフックは厚意として成立し、相手に軽く見られてしまうことはない。ドリンクの残量はプレゼンテーションに使える制限時間と同義である。砂時計が落ち切る前に彼女を魅了する必要があった。保険として連絡先を聞き、4人でクラブを出る打診を通す。その頃、ウイングもまた担当案件の食いつきをしっかりと確保していた。

 

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ウイングの元へ戻り、状況を確認する。彼はクラブの中の目立たないところで暗闇に潜む獣のように、ただ息を潜めて案件のキープのみに努めていた。決してギラつかず、それでいてきっちりと高いまま食いつきを維持する。理想的なボールキープを行うウイングがそこにいた。彼からのラインを確認し、6に打診。最も大きな山場だった。緊張が高まる。受諾。

 

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サンタコスを連れクラブを出る僕は、きっと過去にないくらい胸を張っていたと思う。大きな分水嶺は超えたが最後の仕上げが残っている。

「大丈夫、きっとできるはず」

鏡に映った僕がそう微笑んだ。

 

 

彼女を口説きながら、ウイングにラインを飛ばす。

特に目立ったグダもなく、即。

2年越しの悲願が達成された瞬間であり、その行為はこれまでに僕が味わったことのない程の充実感に包まれたものだった。

 

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「ありがとう」

行為の後に彼女に対して伝えたその言葉は、僕の2年間の思いが詰まった、心からのものだった。ウイングを努めてくれた彼、そして今日の完璧なセパレートに思いを巡らせ、思わず涙が溢れそうにになる。怪訝そうな顔をする彼女にこのことを伝えるべきであろうか。

 

いや、僕は軽やかなナンパがしたいんだ。女の懐にすっと入り込んで、手品みたいに心を掴む。そういうアーティスティックなピックアップが俺の理想なんだ。そんなかっこ悪いことはやめておこう。

 

「ありがとう」

その思いは胸に仕舞い込んで、ただもう一度、彼女に同じ言葉を伝える。

2度目のお礼の言葉は彼女ではなく、ウイングのシャチに向けられたものだった。

 

  

シャチへ

ありがとう。2年前の貸し、しっかり返してもらいました。

これからも仲良くやっていきましょう。

 

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使用コスト

EntranceFee 1000円

Alcohol 700円

Taxi 1000円