サンタコスを求めて 〜シャチの恩返し〜 ①

自分の子供へのクリスマスプレゼントを選ぶ最中、コスプレをした女性店員を横目で見ながら「サンタコスの女の子とセックスがしたいな」と下卑た思いを巡らせる自分を想像するのは、それだけで筆舌に尽くし難いくらい耐えられないものであった。『天然物のサンタコスを即るまでは死ねない』と固く心に決めていた。

 

夢をバカにする人間から離れなさい。器の小さい人間ほどケチをつけたがる。

真に器量の大きな人間は、"できる"と思わせてくれるものだ。

マーク・トウェイン


 

事の始まりは2年前の12月に遡る。覚えたてのナンパに対して一生懸命取り組んでいた、シャチという男とコンビナンパをすることになった。クリスマスシーズンであったため「サンタコスを即りたいね」などと話していたような気がする。半ば冗談でサンタコス縛りというハードルを設け、彼は見事にサンタコス即を成し遂げた。僕が担当した案件もサンタコスではあったが明らかにクラブ慣れしており、クラブを出た後は彼氏が迎えにくるという。当時の僕に彼女をモノにするスキルはなく、アシストとセパレートに徹することにした。その彼氏は実在の人物で、本当にそこに来ているのか。ただのクソテストであれば、という願いにも似た諦めきれない気持ちを胸に彼女と共にクラブを出た。僕のその思いとは裏腹に彼女は無邪気な笑顔で「お兄さんありがとう」と言い、クラブのすぐ側に停まっていたミニバンを指差す。彼女がその車に乗り込むのを陰から指をくわえて眺めた後、放心状態となった僕は手ぶらで家路についた。ウイングのシャチに対して、最大限の称賛を送る一方で、羨ましいという気持ちもまた大きかった。担当する案件が逆であれば、という邪な気持ちも全くなかったかと言えば、正直なところそれは嘘になる。

 

昨年の12月はまた別の腕の立つ友人2人にウイングを快諾いただき、サンタコス縛りに2回トライした。両日とも全力で取り組んだが結果が出ず、とても悔しい思いをした。彼らはサンタコス縛りに特別な興味があったわけではなかった。他にいくらでもスト値の高い案件がいたにも関わらず、単に僕の我が儘に付き合わせてしまったことを心から申し訳なく思った。

 

 

 

サンタコスを即れないまま何となく現役を退き、それなりに誰かと結婚してそれなりにどこかで家庭を持つであろう自分の将来について考えてみた。自分の子供へのクリスマスプレゼントを選ぶ最中、コスプレをした女性店員を横目で見ながら「サンタコスの女の子とセックスがしたいな」と下卑た思いを巡らせる自分を想像するのは、それだけで筆舌に尽くし難いくらい耐えられないものであった。『天然物のサンタコスを即るまでは死ねない』と固く心に決めていた。

 

サンタコスを始めとする各種コスプレは“天然物”と“養殖物”に分類される。簡単に定義すると『事前に自分のためにコスプレを準備した女性や自分が用意したコスプレを着せた女性』は全て養殖物である。しかし天然物のサンタコスを即るためには『クリスマス前から当日までの数日間のみしか出会えない』『クラブ以外ではほぼ出会うことができない』という条件をクリアした案件のみを当日に即らないといけないため、非常にハードルが高い。クラブナンパがほぼ必須である上に、クリスマス期間中の各クラブにもごく少数ずつしかサンタコスの案件は存在しないないため、ハロウィンのような数打ちもできない。スト値や貞操観念などに由来する案件本来の難易度を度外視し、条件の厳しさのみでナンパの難しさを規定する場合、天然サンタコス縛りはあらゆる縛りナンパの中で最高峰の難易度であると感じており、だからこそ自分自身でもそれを成し遂げたかった。ピックアップアーティストを自認する僕にとって、養殖物のサンタではクリスマスプレゼントにはならない。今年こそ、の思いを胸にクラブに乗り込むことにした。

 

 

 

1ヶ月ほど前からスケジュールを綿密に練ったが、ナンパ以外でのスケジュール調整が難しく、しっかり稼働できるのは1日だけであった。その日は2年前にコンビを組んだシャチのスケジュールが空いているとのことであり、ウイングをお願いする。2年前の無念が胸をよぎる。去年のクリスマスから1年。待ちわびていた。当時の無念を晴らす機会がようやく巡ってきたのであった。

 

当日のために事前に何度かクラブに行き、コンビとしての練習を重ねた。姿勢やポジションについて多少なりのアドバイスを行う。半分はあくまで自分のためであったが、クラブナンパにおいてはコンビを崩さないという前提さえ守られていれば自分のためがウイングのためになり、ウイングのためが自分のためになる。サンタコス縛りでクラブナンパを行う以上、数の限られたサンタコスに対しては1つの凡ミスも許されない。彼とは一糸乱れないコンビになる必要があった。2019年のクリスマスシーズンが幕を開ける。

 

 

 

『この後飲みとかないっすかね』当日の合流後、とりとめのない話をしながら歩いているとキャッチのお兄さんから話しかけられた。“キャッチから話しかけられるのはオーラが足りないからである”といった風説を耳にしたことがあり、あながち間違ってもいないとは思う。我々にはキャッチを寄せ付けない、男性としての強いオーラが欠落していたのかもしれなかった。

 

『俺たちもっと強めのオス感出していった方がいいんじゃないの』「俺はね、そういうゴリゴリしたのは好きじゃないんだよ。軽やかなナンパがしたいんだ。女の懐にすっと入り込んで、手品みたいに心を掴む。そういうアーティスティックなピックアップが俺の理想なんだ」いきなりナンパ論を熱弁する僕に対してやや呆れたような表情を見せるシャチ。そのアーティスティックなピックアップを彼の目の前で披露するための最高の機会が訪れていた。

 

『トッププライオリティはお前がサンタを即ることだ。今日は俺のことは別に何だっていい』基本的にこの類の申し出は受けない僕であったが、2年前に僕とのコンビナンパでサンタコスを即っているシャチの言葉には重みがあった。僕が即を達成することが、彼の提案に対して報いることになる。そう感じたため、実質彼が死に体となるようなセパレートまでも場合によってはお願いすることまで含め、全ての主導権を僕に委ねてもらうことにした。

 

クラブに入ったとしてもサンタコスがいるかどうかさえわからない。今年結果が出なければ、また1年間を悔しい気持ちのまま過ごすことになる。期待と不安を胸に、今年の大舞台の開演が少しずつ迫ってきた。この大舞台の主演を張ることができるのは、他の誰でもない自分自身以外にいない。

 

さあ、ゲームの始まりだ。